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部分床義歯(Removable Partial Denture:RPD)は、口腔内に部分的な欠損がある患者に対して、咀嚼機能や審美性の回復を目的に装着される可撤性の補綴装置である。部分床義歯の設計と製作には、口腔解剖学、力学的原理、材料科学など多岐にわたる知識が必要であり、その臨床応用には理論的な理解が不可欠である。本章では、部分床義歯の定義と分類、機能的要件、構成要素について体系的に解説する。

1.1 部分床義歯の定義と分類

部分床義歯とは、口腔内の歯列の一部が欠損している場合に、その欠損部位を補綴する可撤性の装置を指す。患者自身が取り外し可能である点が、固定性のブリッジやインプラント補綴と大きく異なる。義歯は残存歯および粘膜によって支持され、欠損部の咀嚼機能を補うとともに、隣在歯の移動や対合歯の挺出などの不正な歯列変化を防止する役割も果たす。

欠損様式による分類:ケネディ分類
部分床義歯の設計において最も基本となる分類方法が、1925年にE. Kennedyによって提唱された「ケネディ分類」である。この分類は欠損の位置と数によって以下の4つに分類される。



クラスI:両側遊離端欠損

クラスII:片側遊離端欠損

クラスIII:有歯顎に囲まれた中間欠損

クラスIV:前歯部正中を越える前方欠損

この基本分類に加えて、主欠損以外に存在する補助的な欠損を「修正部位(Modification space)」として記録する。例えば、「クラスII Mod.1」は片側遊離端欠損に加え、1か所の中間欠損があることを示す。

アイヒナー分類(Eichner分類)
アイヒナー分類とは、咬合支持(上下の臼歯接触)の有無に基づいて咬合の安定性を分類するシステムであり、部分床義歯設計において咬合支持域を視覚的に整理できる優れた方法である。

グループ説明
A群(A1〜A3)全ての咬合支持域が存在(左右の臼歯部、前歯部)
B群(B1〜B4)一部の咬合支持が欠如
C群(C1〜C3)咬合支持域なし(全く接触なし)

A群:比較的安定した咬合が存在し、義歯設計にも余裕がある。
B群:不安定な咬合支持のため、補綴装置による補完が必要。
C群:義歯やインプラントなどによる全面的な咬合再構築が必要。

この分類は設計計画において有用であり、義歯の支持様式、クラスプ設計、主連結子の配置などを決定するうえでの出発点となる。

1.2 機能的要件

部分床義歯は単に形態を回復するための装置ではなく、生体と調和しながら機能する補綴物である。そのためには、「支持」「維持」「把持」の3つの機能的要件を満たす必要がある。

支持(Support)
支持とは、義歯に加わる咬合力を残存歯や粘膜によって受け止め、義歯が沈み込まないようにする機能を指す。遊離端欠損では特に義歯床による粘膜支持が主体となるため、義歯の沈下を防ぐ設計が求められる。レスト(Rest)と呼ばれる小さな咬頭様の支持装置が、支持の役割を担う重要な要素となる。

維持(Retention)
維持とは、義歯が垂直方向に離脱するのを防ぐ機能であり、一般にはクラスプと呼ばれる把持装置によって実現される。クラスプは歯のアンダーカットに入り込み、義歯が外れないように機械的維持を得る。過度な維持力は歯に負担をかけるため、アンダーカットの深さやクラスプの弾性を考慮した設計が必要である。

把持(Bracing)
把持とは、側方または回転方向の動揺を防ぐ機能である。特に遊離端義歯では、咬合力により義歯が沈下し、回転運動を起こしやすいため、これを制御するためにガイドプレーン、ブレースアーム、レスト、接触板などの要素が重要となる。安定性を高めるためには、クラスプの配置バランスや残存歯の選定が鍵となる。

1.3 部分床義歯の構成要素と名称

部分床義歯は複数の構成要素から成り立っており、それぞれに明確な機能と役割がある。

主連結子(Major Connector)
主連結子は義歯の左右を連結し、各部分に加わる力を分散・伝達する役割を持つ。上顎ではパラタルバー、パラタルストラップ、ホースシュー型などが、下顎ではリンガルバー、リンガルプレートが用いられる。口腔内の解剖学的形態や患者の適応性に応じて選択する。

副連結子(Minor Connector)
副連結子は主連結子と各構成要素(レスト、クラスプ、人工歯、義歯床など)を連結する補助的な構造体である。狭小なスペースに設計されることが多く、力の伝達効率と清掃性の両立が求められる。

支持装置(レスト・レストシート)
レストは咬合面や舌側面、切縁に設けられた支持装置で、義歯の沈下を防ぎ、咬合力を垂直方向に残存歯へと伝える役割を果たす。レストシートは形成される窩状の部分で、レストが適切に嵌合することで支持性が得られる。

クラスプ
クラスプは保持と安定を担う装置で、基本的に把持腕、レスト、ガイドプレーンなどから成る。アッカーマンクラスプ、RPIシステム(レスト、プロキシマルプレート、Iバー)などの多様な設計があり、欠損様式や歯周状態に応じて選択される。

義歯床(Denture Base)および人工歯(Artificial Teeth)
義歯床は欠損部の歯槽粘膜に接触し、人工歯を支持する基盤である。義歯床の材料にはレジンが用いられることが多いが、強度や精度を向上させるために金属床が選択されることもある。

人工歯は咀嚼や審美を回復する役割を持ち、材質にはアクリルレジンや陶材がある。近年では審美性や咬合性の観点から、ハイブリッド材料やCAD/CAM加工による人工歯の活用も広がっている。

金属床 vs レジン床
金属床は強度に優れ、薄くても十分な機械的性質を確保できるため、患者の装着感が良好で、熱伝導性により味覚を損なわないという利点がある。一方、レジン床は製作が容易で経済的負担が少なく、修理や調整がしやすい。しかし、厚みが必要で違和感が出やすい、破折のリスクがあるといった欠点もある。

部分床義歯の成功は、適切な設計に始まり、適切な設計に終わると言っても過言ではない。設計とは単なる「見た目の図面」を作ることではなく、義歯が咀嚼、発音、審美、清掃性といった多様な機能を長期にわたって安定して果たすための“機能的構造体”を構築する行為である。第2章では、部分床義歯設計の基本原則、支台歯の診査と選択、そして具体的な設計手順について解説する。

2.1 設計の基本原則

ケネディの設計原則

ケネディは欠損の分類とともに、部分床義歯設計の原則も提唱している。以下にその主要な原則を整理する:

支持の確保:義歯が沈下しないよう、残存歯や粘膜から適切に咬合力を受ける構造を確立する。
均等な力の分配:義歯に加わる咀嚼力を複数の支点に分散し、一部に過剰な負担がかからないよう設計する。
最小限の侵襲:支台歯や口腔組織への侵襲は最小限にとどめ、生体との調和を優先する。
審美性の確保:特に前歯部では金属部位が露出しないよう配慮する。
清掃性の保持:患者が日常的に清掃しやすい設計とし、口腔衛生の維持を促す。

これらの原則は一見抽象的だが、実際の設計作業においては極めて実践的な指針である。

RPIシステムとその適応

部分床義歯における「RPIシステム」は、Rest(レスト)、Proximal plate(近心ガイドプレーン)、I-bar(Iバークラスプ)の三要素で構成される設計思想である。遊離端欠損に特に適した設計として知られており、歯と粘膜の支持バランスを保ちながら、義歯の回転運動を最小限に抑える工夫がなされている。

Rest:近心レストを採用することで、咬合力による沈下時に義歯が回転するのを防ぐ。
Proximal plate:平滑なガイドプレーンと接触させることで、把持と安定を担う。
I-bar:歯頚部を横切るI型のバーは、審美的かつ弾性に優れ、過剰な保持力を避けられる。
RPIシステムは、特に歯周支持の弱い支台歯や審美部位に有効であり、近年の高齢者診療において重要性が再認識されている。

咬合平面とガイドプレーンの重要性
設計において、咬合平面の評価は必須である。不正咬合や歯列の崩壊がある場合、咬合再構成の必要性を含めて再評価を行う必要がある。
また、ガイドプレーン(Guide Plane)は義歯の方向性と安定性を左右する重要な要素である。支台歯の近遠心面に2〜3mm程度の平坦面を形成することで、義歯の着脱方向(挿入方向)を制御し、横揺れを防止する。設計段階でガイドプレーンの形成が予定されていないと、後の適合不良や動揺の原因となるため注意が必要である。

1.2 検査と診査:設計の前提となる基礎評価

部分床義歯を設計する前には、口腔内・外の詳細な診査・検査が必要である。以下はその代表的な項目である。

2.2口腔内診査

・歯の欠損状態の把握:欠損歯数、位置、修復歯やブリッジの有無。
・支台歯の状態:う蝕、修復物の適合、歯周状態、動揺度(Miller分類)など。
・咬合関係:中心咬合位、咬合高径、咬合平面、咬耗や偏位の有無。
・粘膜の状態:義歯床となる部分の角化・非角化、可動性の評価。
・診断用模型・咬合器上の検査

アンダーカットの位置と深さ:パラレルメーターで分析し、クラスプ設計に反映。
挿入方向の設定:残存歯列の傾斜・ガイドプレーン形成に関係する。
咬合面の高さやガイドパターンの再現:咬合器上での検討。

・画像検査(X線)
パノラマX線またはデンタルX線:歯根の長さ、根尖病変、歯槽骨吸収の程度を把握。
歯周組織の支持能力の評価:設計時に考慮する荷重分担に重要。

2.3支台歯の診査と選択基準

設計の基盤となるのは支台歯の選定である。支台歯は義歯の支持と保持を担うため、その健全性と適応性の評価は極めて重要である。

支台歯診査のポイント

歯の動揺度:1度以上の動揺がある場合、支台歯としての安定性が懸念される。特に遊離端義歯では慎重な評価が求められる。
歯周状態:歯周ポケットの深さ、出血の有無、プラークコントロール状況などを総合的に診査する。
根分岐部病変:臼歯部では分岐部の透過像やプロービングによる確認を行い、骨支持の状況を把握する。
挺出や傾斜歯:挺出や傾斜のある歯はクラスプ設計や義歯床設計に制限を与えるため、矯正的処置や補綴修正の検討が必要となる。
クラウン修復併用時の配慮
支台歯がう蝕や大きな咬耗により形態が不良な場合、クラウン修復を併用することで支台歯としての機能を回復させることができる。クラウンの設計には以下の配慮が必要である:

レストシート部の形成余地の確保

ガイドプレーンとの連続性の保持
クラスプの把持腕が通るような形態修正
特に金属焼付け陶材冠(PFM)では、クラスプ接触部の金属面の露出と滑沢な研磨が求められる。

2.3 設計手順

設計には明確なプロセスが存在する。このプロセスを踏むことで、効率よく、かつ理論的な設計が可能となる。

設計のステップ

欠損部の把握
ケネディ分類を用いて欠損の範囲・数を把握し、修正部位も記録する。

支台歯の選定

歯周診査や動揺度、咬合関係などを考慮して、支持・維持に最適な歯を選択する。

クラスプの設計

支台歯の形態や審美的要求に応じて、適切なクラスプタイプ(アッカーマン、RPI、リング型など)を選定する。

主・副連結子の設計

咬合干渉や清掃性に配慮しながら、構造的に安定し、かつ生体にやさしい連結子を選定する。

義歯床・床辺縁の設計

粘膜の状態、残存歯の傾斜、咬合圧の分布を考慮し、義歯床の延長と厚みを計画する。

設計図作成の実際

設計の最終段階として、模型上に設計図を描写する。色分けされた鉛筆(赤:レスト、青:床など)を使用し、技工士との情報共有を図る。

設計図には以下の内容を記載する:
支台歯とガイドプレーンの位置
各クラスプの種類と部位
主連結子の形状
レストの位置と深さ
義歯床の延長範囲

部分床義歯の設計が決まった後、実際の臨床プロセスにおいていかに精密かつ患者に適合した義歯を製作するかが、その予後を左右する。本章では、部分床義歯における臨床手順を時系列に従って解説し、義歯装着後の管理やトラブル対応についても具体的に述べる。

3.1 診療ステップ

部分床義歯の臨床手順は、多段階の診療ステップを経て最終的な装着に至る。その一連の流れは、単なる技工指示にとどまらず、診断、設計、製作、試適、調整といった臨床的判断の連続である。

第一次印象(アルジネート印象)

最初のステップは、現状の口腔内を正確に再現するための印象採得である。一般的にはアルジネート印象材を用いて上下顎の印象を採得し、診断用模型を作製する。この段階では、欠損形態や咬合関係、支台歯の形態を大まかに把握するため、気泡や欠損のない正確な印象が求められる。

診断用模型と設計

診断用模型上で支台歯の位置、欠損様式、咬合の高さ、咬合平面などを評価し、設計を確定させる。この模型に対してアンダーカットを調査し、義歯の挿入方向を決定する。

個人トレーの製作

精密印象を採得するために、診断用模型に基づいて個人トレーを製作する。トレーは義歯の将来の設計に沿った形状であり、咬合堤の厚みやエクステンションの範囲も考慮される。トレーのマージン部は粘膜の動きに対応するよう適切にトリミングされている必要がある。

精密印象

シリコーン系またはポリサルファイド系の印象材を用いて、個人トレーによる精密印象を採得する。歯と粘膜の境界、支台歯のマージン、義歯床辺縁部まで正確に再現することが重要である。場合によっては、口腔内で機能印象(closed mouth technique)を併用することもある。

咬合採得

咬合床を用いて、中心咬合位または咬合高径を記録する。天然歯の対合がある場合、ワックスバイトで咬合位を記録することが多い。多数歯欠損で咬合高径が不明瞭な場合には、顔貌、発音、咀嚼運動の確認をもとに咬合位を決定する必要がある。

試適

完成前のワックス義歯を用いて、装着前の確認を行う。支台歯との適合性、咬合関係、人工歯排列の審美性や発音を確認し、必要に応じて再排列や修正を加える。

重合と仕上げ

ワックス義歯が問題なければ、熱重合レジンで最終重合を行い、研磨仕上げを経て完成義歯となる。金属床の場合は、金属の鋳造とレジンとの結合処理もこの段階で完了する。

装着

完成義歯を口腔内に装着し、支台歯との適合、咬合接触、保持力、辺縁封鎖の確認を行う。調整が必要な場合は、咬合紙や義歯調整用バーを用いて細やかに調整を行う。

3.2 咬合の管理

部分床義歯において咬合の調整は、単に“噛みやすくする”という以上に、義歯や支台歯の寿命を左右する重要なステップである。

義歯装着時の咬合調整

装着時の咬合調整では、以下の点に注意する:

咬合紙による接触点の確認:均等な接触が得られているかを確認し、偏った接触があれば調整する。
早期接触の除去:義歯による強すぎる初期接触は、支台歯への負担や義歯の沈下を招く。
咬合干渉の排除:側方運動や前方運動時に不要な干渉が起こっていないかを検証する。

特に、義歯装着初期では咬合感覚の再獲得が必要であり、数日から数週間にわたって段階的な咬合調整が必要となる場合がある。

過大な咬合力と支台歯破折の予防

過大な咬合力は、支台歯の破折や歯根破折を招く重大な要因である。とくに歯周支持が低下している支台歯では以下の対策が有効である:
咬合接触の分散化:義歯全体で均等に荷重を受ける設計と調整。
咬合力の制御:夜間のナイトガード併用や、咬合面の形態修正。
二次固定:クラウンやスプリントによる支台歯間の連結強化。

3.3 義歯装着後の指導と管理

義歯の装着はゴールではなく、新たな口腔環境のスタートである。患者の義歯に対する理解と継続的な管理が、長期的成功の鍵を握る。

清掃指導とリコール管理

ブラッシング指導:支台歯周囲の清掃方法、義歯の取り外しと洗浄の習慣化。
義歯用ブラシの使用法:レジン部分と金属部分の清掃方法を分けて説明。
リコールの設定:義歯装着後1週間、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月の定期検診が推奨される。
定期的なプロフェッショナルケアにより、歯周病の進行や義歯の摩耗・変形を早期に発見できる。

義歯の痛み・脱落・緩みに対する対応

痛み:義歯床辺縁の過伸展や尖端部の圧迫が原因であることが多く、義歯内面の調整で改善可能。
脱落:維持力の低下が原因で、クラスプの調整や設計変更を検討する。
緩み:支台歯の動揺や咬合変化により義歯が緩むことがある。義歯内面の裏装や再製が必要になるケースもある。